世界同時不況と言われる昨今、日本も長い不況に苦しんでいる。歴史上、日本がこうした不況や苦難に直面した時、経済界のリーダー達の活躍によって不況克服や経済成長を遂げてきた。こうした名経営者らの役割には、企業のトップとして経営を司るだけでなく、国を引っ張っていく立場の者として、国民に進むべき道や今なすべきことを提示していくというものもあるのではないか。そして、私はこの使命は経営者の没後も、自身の成功哲学を語り国民の未来への指針となるという形で存続するのではないかと推測した。こうした、「経営者の没後の使命」というものを明らかにするために、本稿では(1)没後の名経営者はどのような時代背景において社会から求められるのか、(2)没後の名経営者は何を社会から求められているのか、求められているものは没後時間が経過するにつれて変化していくものなのか、という二点について分析した。以上の二点を考察するために、事例研究の対象として松下幸之助を取り上げた。
まず、第1章において、経営者・松下幸之助の生涯とその哲学について説明した。松下幸之助は松下電器器具製作所を創業し、次々と独特な家電製品で成功し、世界の松下を作り上げた人物である。日本で最も有名な経営者と言っても過言ではない。
続く第2章では、(1)没後の名経営者はどのような時代背景において社会から求められるのか、という一点目の論点を分析するために、「没後の松下幸之助のメディア露出度」と「景気(業況判断指数)」の相関関係について分析した。その結果、この二変数には負の相関関係が認められ、景気が悪い時ほど松下幸之助のメディア露出度が上昇し、社会から求められていることが分かった。しかし、他の複数人の経営者で同じ分析を行ったが、同様の相関は認められなかった。
第3章においては、(2)没後の名経営者は何を社会から求められているのか、求められているものは没後時間が経過するにつれて変化していくものなのか、という論点を解明するために、松下幸之助の関連書籍・論文のタイトル分析を二種類行った。一点目は、タイトルを(1)経営に注目したもの(2)人生哲学に注目したもの(3)その他の三区分にカテゴリー分けし、年度別の各々の割合がどのように変化したかを分析した。その結果、三種類のカテゴリーの年度別割合は時間の経過とも景気とも相関を持たないと見なされた。二点目は、全タイトルの内で名詞と動詞の最頻出語であった「経営」「学ぶ」という二語の使用率が時間の経過や景気と相関を持つかを分析した。結果、不景気には「経営」という語の使用率が減り、一方で「学ぶ」の使用率は上昇する傾向が見られた。
以上の松下幸之助の事例研究から、経営者の没後の使命はそれぞれの経営者によって異なるが、一つのケースとして、「名経営者は自己の成功哲学を通して、不景気の不安を抱える人々に知恵と希望を与える使命がある」と言えるのではないかと考えた。