オンライン掲示板コミュニティにおける集団的アイデンティティの発揚

本研究は、「コミュニティ」という概念に関して、近年の技術的発展と共に姿を現した、従来のコミュニティ概念の主要素である地域的要因を欠いた「ネット・コミュニティ」に関して、帰属とアイデンティティの問題に焦点を当てて分析を試みたものである。現代社会においてネット・コミュニティは数多く生み出され、またそれに関する研究の数も増えてきてはいるが、その中でも帰属とアイデンティティの問題に着目した実証的研究は少ない。そこで本論文では日本最大の電子掲示板群サイトである『2ちゃんねる』を対象とし、またそこで生み出された代表的ストーリーである『電車男』の書き込みを分析することでその集団的アイデンティティ形成の実態に迫った。ネット・コミュニティの一形態である2ちゃんねるにおいて、集団的アイデンティティの高まりがその発言文化や発言内容に影響を与えることを明らかにするというのが本研究の主眼である。

序盤の2章では導入として、2ちゃんねるというメディアを概観した。2ちゃんねるは数ある電子掲示板群サイトの中でも独特の存在であり、独特の発言文化や言葉遣いが生み出されている。また強力な内輪への接続志向を持ち合わせているとも考えることが出来、そうした特徴をいくつかの例を用いて解説した。また同様に、本研究のメインテーマとした『電車男』に関する解説も行った。

分析の方法としては掲示板上のログを計33スレッドに関して収集し、量的・質的分析を行った。量的分析に際してはその集団的アイデンティティの発揚として単語を基準とした5つの指標を設定し、スレッドが進み集団的アイデンティティが高まるにつれてこれら5つの指標としての単語が量的に増加傾向を示すという仮説を設定した。分析用ソフト「KH Coder」を用いてこれらの単語の出現数の推移を追ったところ、仮説は部分的にではあるが支持されるという結果を得ることが出来た。またその中で匿名の掲示板サイトである2ちゃんねるの中で集団的アイデンティティが形成される心理的プロセスを読み取ることが出来た。

質的分析の項では、2ちゃんねる及び電車男スレッドにおける「帰属意識」「関係性志向」「内集団偏向」「ネタ文化」という4つの特徴に着目し、これらの観点から量的な指標に置き換えることが出来ない部分の書き込みを分析した。結果としてやはりこうした特徴を読み取ることが出来、主観を完全に排除できたと言い切ることは出来ないが、先行研究でも提示されていた2ちゃんねるのコミュニティとしての特色、そして匿名のネット・コミュニティでも集団的アイデンティティが醸成されうるということを明らかにすることが出来た。

分析を終えて、やはり2ちゃんねるにおける独特な発言文化や言葉遣いは、そこで独特に形成される集団的アイデンティティや帰属意識の表れとして捉えることが出来ると結論付ける。従来のいくつかの研究ではネット・コミュニティはコミュニティではないとする意見もあったが、現代においてこうした掲示板群サイトなどでは間違いなくある種のコミュニティ意識が共有されており、その集団的アイデンティティの形成と共に、独特な文化を共有することでまた集団性が強化されていると考えることが出来る。この様な心理的プロセスは現実社会における既存のコミュニティと何ら変わることはなく、テキストベースのネット・コミュニティにおける集団性を分析する上で、その発言内容に着目した実証的分析を行うことには一定の意義があると言うことが出来るだろう。

分析の手続きに不備が多く、また本研究によってネット・コミュニティにおける集団的アイデンティティの形成に関して一般性を確保した結論が導けたとは言えないが、今後も絶えず形を変えて存在していくであろうネット・コミュニティに関する研究の一助となるヒントを本研究から得てもらえれば幸いである。

(河崎郁磨)