インターネットの普及は急激に進んでいる。普及がここまで進んだのはインターネットのもたらす利便性によるところが大きい。インターネットは私たちの生活に革命をもたらしたが、その中でも重要なのがコミュニケーションの革命である。コンピューターを媒介した非対面型コミュニケーション(Computer -Mediated Communication : CMC)が可能となったのだ。CMCはコミュニケーションの新たな可能性を切り開いたが、良い面ばかりでもない。インターネット・トラブルなども少なからず発生している。本論文ではインターネット・トラブルのうち、相手に対する敵意を含んだ攻撃的な発言(フレーミング)の発生について心理学的に考察することを目的としている。
これまでも様々な研究によって攻撃行動を社会心理学的に理解しようとする試みがなされてきた。しかし、攻撃をどのように理解するかについてはまだ統一的な見解が得られていない。これまでの研究が提示した主張は大きく分けると「攻撃本能説」「内的衝動説」「社会的機能説」の3つに分けられる。今回の研究では「内的衝動説」「社会的機能説」に基づいて、不快な情動を解消するために衝動的になされる「衝動的攻撃」と、葛藤状況を解決するための社会的機能を期待して戦略的になされる「戦略的攻撃」という2つの側面から攻撃行動を捉えた。
衝動的攻撃と戦略的攻撃、また両者を統一した「攻撃の2過程モデル」などによって攻撃行動の先行研究を概観した上で、衝動的攻撃と戦略的攻撃、それぞれの行動に至るまでの意思決定過程にCMCのメディア特性が影響を与え得る可能性を検討した。その結果、フレーミングの発生に影響を及ぼす様々な心理学的要因をCMCが持っている可能性が見出された。
メディア特性だけでなく、それに付随するコミュニケーション様式もフレーミングの発生に影響を与える可能性が考えられる。先行研究でもCMCに特徴的な絵文字などの使用がフレーミング認知に影響を及ぼしうることを見出している。今回の研究では「ハンドルネーム」の使用に着目し、ハンドルネームが印象形成に影響を与え、そのことが間接的にフレーミングの認知に影響を与えていることを考えた。もし、相手を攻撃的な人物であると推測すれば、その人の行動は攻撃的なものであると受け止められやすくなることが考えられる。しかし、CMCでは僅かな手がかりをもとに他者がどういう人物かを推定しなくてはならない。日常で人を名前で判断することはあり得ない。しかし、CMCにおいてはハンドルネームをもとに印象形成がなされていることが考えられる。
実験では被験者をFTF群とCMC群の2つの群に分け、FTF群にはフリーター問題について議論したVTRを、CMC群にはBBSのログを被験者に提示した。提示した資料のハンドルネームは操作されており、ハンドルネームによる印象の違いを調査した。結果、いくつかの性格因子について、CMC群ではFTF群に比べて明らかにハンドルネームを印象形成の手がかりとしていたことが明らかになっており、ハンドルネームがCMCにおいてはFTFのときに比べて印象形成に強い影響を与えるという仮説を支持する結果が得られた。
今後の研究では、推定された性格がその人の発言をフレーミングと捉えるかどうかの判断にどのような影響を与えるのかを明らかにすることが求められる。そうして初めて、ハンドルネームというCMCのコミュニケーション様式とフレーミングの発生を関連付けて論ずることができる。