人物の印象形成における似顔絵と顔写真の効果

本研究では人物の印象を判断するとき、その人物の情報として似顔絵と顔写真のどちらを提示される方が好印象をもたらすかについて質問紙実験によって検証した。犯罪捜査における似顔絵の活用や、似顔絵の持つ性質を基に、顔写真よりも似顔絵の方がより好印象をもたらしやすくなるのではないかという仮説を立て、これを検証する目的で実験を行った。説得する人物自身が直接評価対象である場合、人物自身が直接評価対象ではない場合の2種類の場面を設定し、それぞれにおいて、その人物の情報として似顔絵と顔写真のどちらを提示される方が好印象をもたらすかを明らかにした。本研究では人物自身が直接評価対象である場合の再現として選挙キャンペーンにおける選挙公報に掲載された候補者の情報を、人物自身が直接評価対象ではない場合の再現としてヘアカラーの商品広告におけるイメージキャラクターの情報をそれぞれ刺激として用い、両者をさらに似顔絵群と顔写真群に無作為に分類した上で質問紙実験を行った。

まず選挙公報の素材を用いた実験、すなわち人物自身が直接評価対象である場合の結果を述べる。候補者の印象評定について、男性については似顔絵群よりも顔写真群の方がより候補者に対して「信頼できる」「論理的である」「頭がいい」と評価しており、また似顔絵群に比べて顔写真群の方がより「投票したい」という評価をする傾向があることが明らかになった。一方、女性については男性と違って「信頼できる」「論理的である」「頭がいい」などの項目では顔写真群と似顔絵群で有意な差は見られなかった。その代わりに「親近感を感じる」「ユーモアを感じる」への評定には顔写真群と比べて似顔絵群でポジティブ評定の有意であった。「投票したい」の設問には有意差は得られなかったが、候補者の「好ましさ」の評定に対して似顔絵のポジティブ効果が確認され、女性に関しては仮説は支持される結果が得られた。男女間で似顔絵と顔写真について異なる効果が得られたのは男女間のキャラクター環境への親しみの違いや政治家に対して求める資質の違いが関係していると思われる。

また、素材の選挙公報の内容を正しく把握し記憶し、かつ政治関心が高いと答えた層に絞って分析を行った。実際に選挙公報に目を通し投票に赴く期待値の高い層、選挙公報の読者としてコアターゲットと推定される人々の傾向を調べる目的である。その結果、そのような人々に対しては顔写真がポジティブ効果をもたらし、似顔絵がネガティブ効果をもたらすという結果が得られた。

次に、商品広告の素材を用いた実験、すなわち人物自身が直接評価対象である場合について実験の結果を述べる。

私の仮説では、「親しみやすさ」は顔写真/イラストを問わず「人物」を使った広告では評価のキーポイントとなるのではないか、また市販ヘアカラーのような低価格帯の商品においてはなおさら購買行動を引き出すものではないかと考えていた。しかしここでは、「好感」「買って使いたい」の項目のどちらにも有意な差は見られず、商品及び広告の印象について似顔絵群に「親しみやすさ」「温かみ」「かわいらしさ」、顔写真群に「洗練」「華やかさ」の項目で優位性が見られるという点では比較的一貫した結果が得られたが、顔写真・似顔絵どちらが効果的とも言い難い一長一短の結果となった。

そこで、調査対象全体をもう一度見直してみると、市販のヘアカラーを自分で買ったことが一度もないという人が予想していたよりも多く過半数を大きく超えていたため、実際の購買層と近付け実験の精度を上げる目的で過去に市販のヘアカラーを自分で買った経験のある人のみ対象とし分析を行ってみることにした。広告への印象評定の結果では、ここでも「温かみ」「親しみやすさ」について似顔絵にポジティブ傾向が確認できた。また、商品に対する印象評定の結果を比べても、「親しみやすさ」の項目について似顔絵のポジティブ効果が見られ、商品への「好感」に関しても似顔絵のポジティブ効果が著明であった。したがって、分析対象を実際のヘアカラーの購買層に近付けたこの分析では、仮説が支持され、顔写真に比べて似顔絵を提示したほうがより「親しみやすさ」「温かみ」といった要素を与えられ、商品への好印象を促進するという仮説が実証された。

(中村亜季子)