近年、選挙の結果が大きく変動する事象が観測されている。例えば最近3度の総選挙の結果はいずれも「歴史的大勝」であった。支持が大きく変動する要因については大きく分けて制度的側面と個人的側面が考えられるが、制度的側面である小選挙区制の特徴だけでは十分に説明できない。一方の個人的側面では1940年代には既に心理学的な検討の有効性が示されている。視点を変えれば、極端な結果を導きうる小選挙区制の下では有権者の支持変動のインパクトは大きくなると言えるため、支持変動の心理的要因を明らかにすることが重要であると考えられる。
まず支持変動研究の基礎となる投票行動研究の理論を概観する。最も基本的な投票行動モデルはミシガン・モデル(政党帰属意識論)と合理的選択モデル(業績評価投票理論および争点投票理論)である。しかし近年の流れとして、政治知識や政治知識から発達した諸概念との交互作用が検討されるようになっている。このような交互作用モデルは、異なる人々が異なる要因で政治行動を起こしている可能性を検討できる点で理論的に重要な意味を持つ。
その上で日本のパネルデータを用いた支持変動の先行研究を整理すると、いずれの先行研究も交互作用を検討していないことがわかる。交互作用モデルの理論的重要性から、この点が先行研究の限界であると言える。この先行研究の限界を踏まえ、本研究では分析に交互作用モデルを用いることで既存の研究との差別化を図った。同時に、分析のより具体的な検討事項としてRQ「有権者が政治的な支持を変動させる理由(政党帰属意識、経済認識、業績評価、争点態度)は政治的知覚の水準によって異なるのではないか」を設定した。
分析にはJESⅢに収録されている2003年衆院選および2005年衆院選のパネルデータを使用した。内閣支持の変動に関して順序ロジット回帰分析を行った結果、政治的知覚の水準によって独立変数の効果が異なることが確認された。具体的には、(1)政治的知覚が低い層では景気認識が内閣支持の変動に影響しなかった一方、政治的知覚が高い層は景気認識が肯定的であるほど内閣支持を良化させた。(2)政治的知覚の水準を問わず、郵政民営化に賛成する人ほど内閣支持を良化させやすかった。ただし、政治的知覚が低い層は郵政民営化への賛否が著しく強く内閣支持の変動に反映された。
結果の背景として、政治的知覚の水準によって責任帰属の方法と政治情報の接触度が異なる可能性が考えられる。(1)については、政治的知覚の高い層が政治関心の高さから景気状況を政府の責任に帰属させたために、内閣支持を良化させやすかったのではないかと考察した。(2)については、政治的知覚の低い層が政治情報への接触に乏しさから郵政民営化という争点のみを参照にして支持態度を決定したのではないかと考察した。政治過程の短期的な要素としての政策に対して賛否いずれかに支持が集中した場合、政治的知覚の低い層が「地滑り的勝利」に寄与する潜在的な可能性が推察される。
本研究の意義は政治的知覚の水準によって異なる理由で政治的支持を変動させる有権者像を示した点にある。同時に、本研究の知見は政治行動研究において有権者の間に存在する認知的差異に注目することの重要性を含意している。この含意は現実世界での政治マーケティングへの応用可能性にも広がっていると言えるだろう。一方、本研究の限界は得られた知見を容易に一般化できない点である。それは郵政選挙という事例の特殊性と、データの欠損値処理によるバイアスの増大に起因している。