国際報道においてすべての国が平等に報道されているわけではなく、報道量の規定要因には経済要因をはじめ様々なものがあるということが先行研究から明らかになっている。本論文は、主要国首脳会議(以下サミット)についての新聞報道を研究したものである。論文は二部構成になっており、前半ではサミット報道における参加各国の報道量の偏りに関する検証、後半ではサミット報道におけるエンターテイメント要素についての検証を行っている。
国ごとの報道量の現状を調べ、不合理な偏りが存在していないかどうか検討すること、サミット報道においてどのようにエンターテイメント要素が盛り込まれているのか、エンターテイメント要素の規定要因を考察することが論文の目的である。
偏りについては、「会議における各国の貢献度、日本との関係性が報道量に反映されていないのではないか」という仮説をたて、量的分析を行なった。貢献度はトロント大学の研究機関の資料を用い、日本との関係性は各国と日本との年間総貿易額で測ることとした。エンターテイメント要素を論文内では、会議と無関係の小話、各国関係の誇張、国や首脳の評価・役割・成果についての記述という三つと規定し、その量的・質的分析を行なった。量的分析については、「サミット報道では通常よりもエンターテイメント要素が多いのではないか」という仮説をたてた。
結果、サミット報道において会議での貢献度は反映されていないことがわかった。日本との関係性については、アメリカは関係性の度合よりも少なく報道され、逆にロシアは関係性の度合よりも多くの報道がなされていた。その他の国々については概ね関係性を反映する報道がなされていた。偏りについて、仮説の前半部分は証明されたが、後半部分は一部仮説を支持する形となった。
エンターテイメント要素では、サミット報道・国際会議の報道が通常の国際報道以上にエンターテイメント性が強いことがわかった。量的な部分では、サミットを含め国際会議の報道でエンターテイメント要素が多いようである。内容面をみると、サミット報道ではエンターテイメント要素の繰り返しや、より強力なストーリーが描かれており、質的な部分での強調がみられた。分析を通じて、登場人物が誰なのかということと、シナリオの面白さという二つが満たされてはじめてその報道が「面白く」なるという可能性が考えられた。
しかし、同じ内容であっても国が「面白い」のか、「面白くない」のかで報道されるか否かが決定されてしまうことは問題視されていい。各国の報道のされ方は、視聴者の対外意識にも影響を与えるのである。サミット報道のようにエンターテイメントが関心の中心となり、どの登場人物をどのようなシナリオで描くかに重点が置かれていては、会議内容の質や意義を的確に問う報道はできず、本質を見失うことになりかねない。
(上田沙希)