本論文は、日本人の過剰とも言える痩せ願望の原因と問題を明らかにするものである。まず、痩せ願望を喚起させる主体として有力なマス・メディアに着目すると、「健康のため」と「外見的イメージ向上のため」に痩せることを推奨していた。これらのことから、過剰な痩せ願望は、ヘルシズム(健康至上主義)の思想や厚生行政、そして、家父長制文化や資本主義社会が原因となって引き起こされていると考察した。すると、これらによって引き起こされる痩せ願望には多くの問題が潜んでいることが判明した。そのため、国民を過剰な痩せ願望から解放するための手段として再びマス・メディアに着目し、マス・メディアの「痩せることを肯定する」情報への偏重を是正することが、問題解決につながると考えた。
論文を執筆するに至ったきっかけは、日本では肥満の人のみならず、肥満とは到底言い難い人々までもが、少し太っただけで「痩せなければ」と口にしているという奇妙な現象を目の当たりにしたことである。調べを進めると、日本人は世界的に見ても痩せ型の国民であることがわかった。また、自己の体型に対して実際の体型よりも「太っている」という認識を持ち、「痩せたい」という願望を持つ者が多いということを示す先行研究も見つかった。これらのことから、多くの日本人は痩せているのに過剰な痩せ願望を持っているという事実が浮かび上がってきた。
そして、この過剰な痩せ願望を引き起こしている主体として、マス・メディアの存在に着目した。なぜならば、マス・メディアはその影響力の大きさから、国民に「規範」を植え付ける役割を果たすからだ。そのため、テレビ欄を分析することにより、マス・メディアが普及させている「好ましい身体」のイメージがいかなるものであるかを突き止めた。すると、二つの事実が浮かび上がってきた。一つは、マス・メディアが流す情報は「痩せることに肯定的」な情報への偏りがあり、細身の身体を美徳としていることである。二つ目は、痩せることを肯定する語り口には、「健康のため」と「外見的イメージを向上させるため」という二つの語り口があるということである。
この二つの語り口に着目し、国民が持つ痩せ願望を「病気回避型」痩せ願望と「イメージアップ型」痩せ願望の二つに分類し、それぞれが引き起こされる更なる原因を探った。その結果浮かび上がってきたのが、「病気回避型」痩せ願望に関しては、ヘルシズムの思想や医療費削減のために国民に肥満対策を迫る厚生行政の存在だ。そして「イメージアップ型」痩せ願望に関しては、女性の美をスリムであることだと規定する家父長制文化や、ダイエットをビジネスにする資本主義社会の存在である。これらは多くの矛盾を内包するため、本来痩せる必要がない人々にまで過剰な痩せ願望を植え付けてしまう。
そのため、このような現状の打開策として、厚生行政や家父長制の文化、資本主義社会に大きく加担し、痩せ願望を普及させる役割を担ってきたマス・メディアの変革を主張する。ダイエットをビジネスにするスポンサーたちのために、痩せることを肯定する情報への偏りを是正する必要がある。マス・メディアが担うジャーナリズムとしての役割から、「本当に痩せる必要があるのか」真実を述べ、国民を過剰な痩せ願望から救うべきなのである。
(鴨下侑香里)