人は他者や集団からの圧力により自らの行動や意見を変化させ、集団に同調することが明らかになっている。口コミサイトで製品やサービスの評価をする時にも同調行動は行われているのではないか。このような問題意識から出発し、「口コミサイトにおける既存の口コミと、その後に書き込まれる口コミ評価との関係」を明らかにし、そこにどのような社会心理学理論が適用できるのかを検討することが本論文の目的である。
そのためにまず先行研究を調べ、本研究の「口コミサイトでの同調」に関連すると考えられるアッシュの同調理論と、TverskyとKahnemanの係留と調整理論を紹介した(第1章)。そして、これら二つの理論に基づいて「口コミサイトにおいて既存の口コミ評価が高い(低い)と、後に続く口コミも高くなる(低くなる)」という仮説を立てた(第2章)。仮説を証明する方法として実在する口コミサイトの内容分析と、架空の口コミサイトを用いた実験をすることが考えられるが、それぞれの方法の利点・欠点をふまえた上で、検証方法として実験を採用した。そこで、より具体的な作業仮説を以下のように設定した。
- 作業仮説1:口コミサイトで商品に関する高い(低い)評価の口コミを見た人は、商品の評価を書き込むときにより多く(少なく)星の数をつける。
- 作業仮説2:口コミサイトで商品に関する高い(低い)評価の口コミを見た商品に好意的な(非好意的な)評価をする。
- 作業仮説3:口コミサイトで商品に関する高い評価の口コミを見た人は、商品をより購入したくなる。一方、低い評価の口コミを見た人は、商品をより購入したくなくなる。
- 作業仮説4:口コミサイトでお菓子に関する口コミ評価の文章が同じであっても、全体評価の「星の数」がより多い(少ない)口コミを見た人は、より多く(少なく)星の数をつける。
仮説を検証するための実験方法について述べる(第3章)。実験は、一橋大学のマスコミュニケーション基礎論の受講者60名に実験を行った。被験者は「チョコ餅」というお菓子に関する、口コミサイトに似せたファイルを見てから実際にお菓子を食べ、質問紙に回答して製品評価などを行った。被験者が質問紙回答前に見る口コミ評価を独立変数とし、以下の3つの条件群に被験者を分けた。第一に、製品の評価を表す星の数の平均値が高く、レビュー内容も良い高評価条件、第二に、レビューは高評価条件と同様であるが星の数の平均が低めの中評価条件、第三に、星の数の平均が最も低く、レビュー内容も悪い低評価条件群である。従属変数は被験者がつけた製品評価の星の数と、お菓子への印象評価、購買意欲の高低とし、これらの変数を質問紙への回答によって測定した。
実験の結果は第4章に示した。作業仮説1は支持され、先に高い口コミ評価を見た人はその後に自ら製品評価を書き込む時にも星の数をより多くつけることが明らかになった。しかし、作業仮説2は支持されず、高い製品評価を見た人が製品の印象についてより良い評価をすることはなかった。作業仮説3については、部分的に支持された。すなわち、事前に高い評価の口コミに触れた人は製品をより安いと認識し、より高い希望購買価格を示すが、今後購入したいかという設問については高評価群と低評価群の間で有意な傾向が見られるにとどまった。作業仮説4については、レビューが同じで星の数が多い口コミを見た人は、少なめの星の数を見た人より多めに星の数をつける傾向にあることが明らかになった。
以上の結果から、口コミサイトでは「同調」と「係留と調整」理論が適用でき、人々が口コミサイトに製品評価を書き込む時、過去の口コミの影響を受けて星の数評価や、購買意欲を変えるという結論を導いた(第5章)。製品の売り上げを上げるためには、製品発売初期に好意的な口コミを得ることがより重要となるであろう。
(小森谷恵)