本論文はインターネット上で使用されている新語であるネットスラングの特徴を分析するものである。近年、インターネット利用者が増加する中で、ネットスラングが一般の目に触れる機会が多くなった。しかし、ネットスラングは既存の新語と比べて閉鎖的・暴力的な印象があるため、一部でしか流行していないイメージが拭えない。そこで、なぜネットスラングが閉鎖的・暴力的であるのかをネットスラングの特徴と既存の新語である若者コトバの特徴を比較することで実証する。
ネットスラングを若者コトバと比較する上で、先行研究としてインターネット上のコミュニケーション(以下CMC)と既存の対面コミュニケーションを比較する研究を参照した。CMCの特徴として「社会的地位の喪失」「書き言葉文化と同期性の両立」「弱い紐帯」の3つを取り上げ、それがネットスラングの特徴にも当てはまっているかどうかを検討した。
まず「社会的地位の喪失」とは、既存の対面コミュニケーションでは重要視されていた場所・年齢・性別・職業などの要素がCMCでは重要ではないということである。若者コトバとネットスラングの比較でも同様に、「都会で生まれる」と言った場所感や「若者文化」と言った年齢、「女子主体」と言った性別などの社会的地位が失われていることが分かった。
次に「書き言葉文化と同期性の両立」とはCMCが書き言葉主体の文化であり、さらに同期性(議論や会話が『同時的』に行われる状態)をやや持っているコミュニケーションである、ということを指している。ネットスラングにもこれは当てはまり、書き言葉であるからスラングの長文化と視覚的表現が進み、また「同期性ややあり」状態を楽しむスラングも多数生まれていた。
3つ目の「弱い紐帯」とは、インターネット上の結びつきは対面コミュニケーションに比べ弱い、ということである。弱い紐帯は、対面コミュニケーションが収集しえない情報を収集できる、という強さ(「弱い紐帯の強さ」と言う)も持っている。ネットスラングも弱い紐帯で結びついているコミュニティで生成されているため、本来集団語が持っている「連帯感の強固」という効果は生まれにくい。しかし、ネットスラングは弱い紐帯の強さも持っているため、様々なジャンルの知識を持ち合わせてより良い新語を作ることができる、という強みを持っている。
以上の3つのネットスラングの特徴から、ネットスラングが何故閉鎖的・暴力的に感じられるのかについて考察をした。閉鎖的に感じられる理由には「社会的地位の喪失」および「書き言葉文化と同期性の両立」が関係している。社会的地位が言葉に付随しないため、その言葉を作った人や使用する層が可視化できず他者が輪に入りにくい。書き言葉文化はスラングの長文化を、「同期性ややあり」状態はスラングの流行の速さおよび大量生産を引き起こすため、ヘビーユーザー以外が入り込みにくい。
暴力的に感じられる理由には「社会的地位の喪失」の中の「女子主体文化の喪失」および「弱い紐帯」が関係している。女子主体文化が失われ、むしろ男性的な言い回しが流行することにより、ネットスラングは乱暴な印象を与えやすい。弱い紐帯は集団語が持つ連帯感強固の効果を打ち消すため、ネットスラングには連帯感が感じられずどこか冷めている言い回しが多くなってしまう。
このようにネットスラングの背景や特徴を正しく学ぶことによってネットスラングが閉鎖的で暴力的に感じられる理由も理解できるようになるため、人々のネットスラングへの印象も改善されるだろうと示唆した。