人々は、マスメディアから様々な情報を得ている。しかし、こと音楽に関しては、マスメディアが提供する情報は限定的なものであった。インターネットの発展により、消費者が入手できる情報は多様化し、その量も増大した。このことにより、音楽ソフトの選択に対しても、消費者は個人個人の嗜好により合わせた選択が可能になり、それは結果的に音楽ソフト消費の分散に結びつくのではないだろうか。本稿ではこのような仮説に対し、オーディオレコードの市場統計を分析することで実証を試みた。
音楽ソフトを巡っては、その消費形態も変革期にあるといえる。携帯電話端末に音楽の再生機能が搭載されるようになったり、デジタル・オーディオ・プレイヤーが普及したことにより、大容量の音楽を多くの人が持ち歩くようになった。それに併せて、携帯電話端末・PC端末双方へ向けた楽曲のダウンロード配信サービスも充実してきている。それらのサービスでは幅広い品揃えの中から1曲単位で、CDを買うよりも安価で音楽ソフトを購入することができる。人々は、より気軽に、より様々な音楽に接することが可能になっているのである。このことも、音楽ソフト消費の多様化、すなわち消費選択の分散に結びつくと考えられる。
しかし、1996年から2005年まで10年分のオーディオレコードの売り上げ統計に対してジニ係数を用い、消費の偏りの推移を分析した結果では、消費分散に関する有意な結果を得ることはできなかった。また、売り上げ上位曲の売上枚数総計が全体(年間シングル生産枚数)において占めるシェアの推移を分析した結果でも、仮説を裏付けることはできなかった。
また、オーディオレコードの売り上げに対してマスメディアが与える影響を観察するために、タイアップ・ソングに着目した分析をおこなった。その結果、CFソングでは顕著な影響力低下が見られた一方で、テレビ番組とのタイアップ・ソングに関しては、影響力の低下は見られず、ヒットチャートの形成にも依然として高い影響力を保ち続けていることがわかった。
これらのことから、現在のオーディオレコード市場に関しては、情報多様化による消費分散の傾向は見られず、テレビなどのマスメディアが発信する情報は大部分で大きな影響力を維持していることがわかった。そしてそれは、プル・メディアとしての性質を持つインターネットが消費選択に与える影響の、現時点での限界を明らかにすることもになった。